最高裁判所第三小法廷 平成2年(行ツ)193号 判決 1991年3月05日
上告人
新田ミヨ
右訴訟代理人弁護士
中野麻美
能勢英樹
岡村親宣
黒岩哲彦
被上告人
品川労働基準監督署長首藤章二
右指定代理人
兼行邦夫
右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行コ)第二五号労働者災害補償不支給処分取消請求事件について、同裁判所が平成二年八月八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人中野麻美の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、訴外新田庄一郎が業務上死亡したものでないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)
上告代理人中野麻美の上告理由
第一、原判決の法令違背
原判決には、労働者災害補償保険法第一条にいう「業務上の事由による労働者の死亡」および労働基準法第七九条にいう「労働者が業務上死亡した場合」の解釈・適用を誤った法令違背がある。
一、業務起因性に関する判断基準の法令違背
原判決は、労働者が業務に基づく負傷または疾病に起因して死亡したものというためには、業務と負傷または疾病との間に相当因果関係がなければならないとし、その因果関係の存在を立証するについては、不法行為や債務不履行による損害賠償請求の場合と別異に取り扱うべき理由はないから、被災労働者側がその責任を負担する、との一般理論を展開したうえで、本件について考慮すべき事項につき、以下のように判断する。すなわち、
<1> 業務が疾病の原因となる程度であることを要するから、当該労働者の「日常業務」(通常の所定就労時間および業務の内容)ではなく、それより重い業務でなければならず、しかも、「かなり重い業務」というのでは足りず、疾病の原因となりうる程度の「特に過重な業務」に従事したことを要する。
<2> 特に過重な業務であるか否かの判断にあたっては、相当長期にわたる状況をも検討して決すべきであるが、そのことが当然に発症や死亡の原因となると推認するのは合理的でなく、事例ごとに業務の重さの程度や疾病の種類を総合的に考慮して判断すべきである。
<3> 業務に基づく疾病による死亡の場合とは、既に就労前より疾病を有していたが業務に基づいてそれが増悪されて死に至った場合をも含む。
<4> 右発症ないし増悪について業務を含む複数の原因が競合して存在し、その結果死亡するに至った場合は、業務がそのなかで最も有力な原因であることは必要でないが、相対的に有力な原因であることが必要であり、単に併存する諸々の原因のひとつに過ぎないというのでは足りない。
しかるに、本件被災者の死亡が業務に起因するというために、原判決が掲げる判断基準には、重大な法令違背がある。
1. 業務の過重性に関する判断基準
=被災者本人の通常の所定労働時間および業務の内容に比較して「特に過重な業務」に就労したことを要するとする点
原判決は、第一審判決の、被災者の業務はかなり負担の重いものであったが、疲労の回復が「著しく」困難なほど重いものであったとか、質的にみて「はるかに」密度・緊張度の高いものであったとまでの事情はなお認めることはできない(三七丁)との判断を維持し、右判断基準をもって、本件を業務外とするひとつの要素としている。
しかし、本件発症との関係で具体的に業務量およびその内容を把握する場合、当該労働者の当時の健康状態からみて過重であったかどうかが問題とされるべきであって、右の点を考慮しないで慢然と「特に過重」な業務であるか否かを判断基準とすることは誤りである。業務起因性の有無が、当該労働者が現に行なっていた業務による負担が、疾病の発症ないし増悪を招いたか否かということである以上、右のことは当然と言わなければならない。この点は、以下のとおり、数多くの判例で認められているところである。
すなわち、頸肩腕症候群について東京地裁昭和四八年五月二三日判決(判例時報七〇六号一〇頁)は、「作業量と体力とのアンバランスから頸肩腕症候群が発生したと認められればそれをもって足りる」とし、業務過重性については、当該業務が当該労働者の当時の具体的な健康状態にとって過重であったかどうかの判断が必要であると判断した。この場合はその後の判例によって確立・定着しており、例えば次の判例が掲げられる。
<1> 東京地裁昭和五〇年一一月一三日判決(判例時報八一九号九三頁)
<2> 富山地裁昭和五四年五月二五日判決(判例時報九三九号二九頁)
<3> 大阪地裁昭和五五年二月一八日判決(判例時報九八一号一〇三頁)
<4> 長野地裁昭和五五年一〇月三〇日判決(判例時報一〇〇五号九三頁)
<5> 名古屋高裁金沢支部昭和五六年四月一五日判決(労働法律旬報一〇三六号五六頁)
<6> 東京地裁昭和五九年五月三〇日判決(労働判例四三三号二二頁)
また、本件のような脳卒中や急性心臓死等に関しても、被災者の業務が他の同僚のそれと比較して特に過激ではないとした原処分庁の決定に対し、「体力の個人差を無視した所論であって、被災者のほかに発症死亡するものが生じなくとも、比較的体力の弱い被災者の業務と被災者の死亡との間に相当因果関係が認められる場合には、業務上の事由によるものであることは論ずるまでもなく明白である」とした裁決例(昭和四〇年九月一〇日)があり、さらに、東京高裁昭和五四年七月九日判決(判例時報九三〇号二〇頁)は、「被災者の従事した仕分け作業が健康で有能な作業員にとっては、被控訴人主張のとおり十分耐えうる程度のものであったとしても、本件事故当時長期にわたるオール夜勤によってすでに被災者の高血圧症および動脈硬化症が相当進行、悪化していたことが推測され、かような健康状態にあった被災者にとって、右作業配置の健康および当日の仕分け作業の過重負担が、健康な熟錬者の場合と異なり、強度の精神的緊張をもたらしたであろうことは推測に難くない」と判断している。
以上からすれば、相当因果関係が認められるためには、業務の過重性判断にあたって、当該労働者の業務が、当該労働者の所定業務に比較して、ただ慢然と「特に過重」なものであったか否かを問題とする原判決の法律判断の違法は、明白と言わざるをえない。仮に原判決が認定した被災者が従事したとされる「かなり重い業務」を前提としたとしても、本件くも膜下出血発症当時、長期にわたりそのような業務に従事することによって、被災者の高血圧症および動脈硬化が自然的増悪をこえて進行、悪化させられ、ついには発症に至ったものと考えるべきである。
2. 長期にわたる過重業務の存在による業務起因性の推認
=過重業務への就労が一定期間継続した場合に、そのことが当然に発症や死亡の原因となると推認すべきではないとする点
被災者にとって、従事した業務が基礎疾病を誘発または悪化させるなど悪影響を与えるもので、そのような業務への従事期間が相当期間にわたる場合には、業務による影響が発症等の原因をなしていると推認すべきである。労働省は、業務上疾病の労災認定については、<1> 労働における有害因子が存在していること、<2> 有害因子に暴露していること、<3> 発症の経過や病態がもっともな経過をたどっていることの三つの要件が充足されれば、業務起因性は肯定される(労働省労働基準局補償課編『注解脳血管疾患・虚血性心疾患の労災認定』二六頁)としており、これを本件に適用すれば、被災者が従事した業務に、高血圧症や動脈硬化、動脈瘤形成に悪影響を与えるような有害な因子が存在するのであれば、そのような業務に従事した期間、存在した因子の強弱に対応した発症経過に無理がない以上業務起因性が肯定されることになる。これに関連して、名古屋地裁昭和五四年六月八日判決(労働法律旬報九八〇号四九頁)は、「高血圧症や冠状動脈硬化症を患っている労働者の従事する作業内容が、その持っている疾病に悪影響を与えるとされる性質のもので、しかもその作業従事期間が長期にわたる場合には、当該業務の影響が基礎疾病と共働して、発病ないし死亡の原因をなしているものと推認するのが合理的であ」ると判断している。したがって、本件のように基礎疾病に悪影響を与える過重業務が一定期間継続する場合には、当該業務による悪影響が基礎疾病と共働して死亡の原因となったと判断すべきであり、この点においても、原判決の判断基準の違法は免れない。
3. 素因・基礎疾病との競合と相対的有力原因
=業務が相対的に有力な原因であることを要し、単に併存する諸々の原因のひとつに過ぎない場合は、業務起因性は認められないとする点
全ての業務に起因する疾病は、当該労働者の身体的状況が一定の業務負担の継続のもとに変化し、発症に至る。当該労働者の素因・基礎疾病と業務の両者が密接な相互関連のもとに常に存在するのであって、これらのいずれが有力であるかによって業務起因性を判断することは全く意味がなく、端的に、業務負荷が当該労働者の基礎疾病や素因を増悪させ、あるいは発症の原因となりえたものであるか否かを検討すれば足りるのである。したがって、本件のごとき場合に、原判決のような限定を付することは、業務起因性に関する法令解釈を誤ったものといわざるをえない。
このことは、業務負荷が発症に何らかの寄与をしていれば、あるいは基礎疾病を誘発または増悪させて死亡次(ママ)期を早目津(ママ)など基礎疾病と共同原因となって死を招いたと認められれば、業務起因性を認めるべきであるとする、次の判例によっても明白である。
<1> 東京地裁昭和四八年五月二三日(判例時報七〇六号一〇頁)
<2> 名古屋地裁昭和五四年六月八日判決(労働法律旬報九八〇号四九頁)
<3> 富山地裁昭和五四年五月二五日判決(判例時報九三九号二九頁)
<4> 名古屋高裁金沢支部昭和五六年四月一五日判決(労働法律旬報一〇三六号五六頁)
<5> 東京高裁昭和五一年九月三〇日判決(判例時報八四三号三九頁)
<6> 東京高裁昭和五四年七月九日判決(判例時報九三〇号二〇頁)
<7> 東京高裁平成元年一〇月二六日判決(甲三七号証)
二、当該労働者の健康管理が不十分であったことを業務上外認定にあたり一判断要素とした法令違背
原判決は、被災者の脳動脈瘤は、基礎疾患等とこれに対する本人の健康管理の不十分さに業務負荷が加わって憎(ママ)悪し、ついには破裂するに至ったと認定し、あたかも、当該労働者の健康管理が不十分であることを、業務上外認定の一判断要素とするかに見える。しかし、労働基準法第七八条の趣旨からしても、少なくとも、自から進んで病気になり、あるいは死を選択したような場合でない以上、健康管理が不十分であったことをもって業務外とする法律上の根拠は全く存在しない。また、業務起因性について相当因果関係を必要とするとの立場を前提にしたとしても、不法行為や債務不履行に基づく損害賠償請求の場合ですら、原因と結果との間の因果関係判断にあたって労働者側の健康管理の不十分さなどは問題にされず、せいぜい過失相殺の判断要素となるに過ぎないものである。損害の公平な負担を旨とする損害賠償請求において、損害額の範囲を画するうえで、損害発生に寄与した労働者側の責に帰すべき事情を斟酌することがあるとしても、労働者の生活補償を旨とする労災補償において、そのような事情をもって業務起因性を否定し、給付自体を対象外とする合理的根拠もまた存在しないというべきである。
なお、第一審判決および原判決が指摘するところの「健康管理の不十分さ」なるものは、定期健康診断を受けていないとの事実を指すように思われるが、このことが、本件死亡にどれ程寄与したものというのか、その判断の理由不備、経験則違背については後述のとおりである。
四、以上、業務起因性に関する判断は、原判決が述べるように相当因果関係の有無によるものであるとの前提にたったものとして、その具体的な判断基準については重大な法令違背が存在する。結局被災者は、その従事した業務によって基礎疾病に悪影響を与えられ、死に至ったものであり、右死亡は、業務に起因するものといわなければならない。
第二、原判決の理由不備および経験則違背、採証法則違背
原判決には、本件業務起因性の判断をなすにつき、その結論に重大な影響を及ぼす理由不備、理由齟齬、経験則違背、採証法則違背がある。
一、業務の加重性に関する判断
1. 特に加重な業務であることを要するとする点
原判決は、既に述べたとおり、本件を業務上とするには日常業務に比較して「かなり重い業務」という程度ではたりず、疾病の原因となりうる程度の「特に加重な業務」に就労したことを要すると判示する。何故「かなり重い」というのではなく「特に加重」であることを要するかについては「疾病の原因となりうる程度」という以上に何等の指摘もない。発症の原因となる程度というのであれば、既に指摘したように、当該労働者の健康状態に業務が悪影響を及ぼしたか否かを判断すれば足りるはずであって、そのうえさらに、「特に」加重な業務であるとの要件が何故必要であるのかについては、全く判断を示していないのである。その点で、原判決は、理由不備の違法を免れないものである。
また、「特に重い業務」に就労したことを要するとの右判断は、原判決みずから「相当因果関係の有無は、事例ごとに、業務の重さの程度や疾病の種類を総合的に考慮して判断すべきである」(九丁裏四行目ないし六行目)とし、また「業務に基づく疾病による死亡の場合とは……既に就労前から疾病を有していたが業務に基づいてそれが増悪されて死亡に至った場合をも含む」(九丁裏七行目ないし一一行目)と述べるところにも抵触するものであって、重大な理由齟齬との指摘を免れない。
2. 被災者が従事した業務が「かなり重い業務」ではあっても「特に加重な業務」とはいえないと判断した点
原判決は、被災者が従事した業務がかなり重い業務ではあっても、「特に加重ではない」とし、そのことをもって、被災者の業務は脳動脈瘤破裂の複数の原因の一つであったとはいえても、相対的に有力な原因とまで認めることはできないとする。しかし、特に加重でないと評価される被災者の業務に関する原判決の認定は、動脈瘤破裂に悪影響を来す業務の有害因子をあえて無視し、さらに重大な事実誤認を犯す経験則違背、採証法違背がある。すなわち、
第一に、動脈瘤の形成・肥大化・破裂に悪影響を及ぼす有害因子については、(証拠略)および上畑証人の尋問結果によって、処理しなければならない仕事の多さや労働時間といった量的側面のほか、従事する仕事や地位に起因する責任の重さ、仕事の密度や緊張の度合い、仕事や地位に関連する対人関係といった業務の質的側面が考慮されなければならないとされている。そして、被災者が従事した業務の全てがこれらの有害因子によって特長づけられるのであり、業務の過重性を判断するについては、これらを総合して判断されなければならない。ところが、原判決は、右のうち、業務の質的側面についてはあえて無視し、量的側面からのみ過重性を判断しているのであり、これは明らかに、動脈瘤の形成・肥大化・破裂、および、これに影響を及ぼす業務の有害因子に関する医学的経験則に違背している。
第二に、業務の量的側面に関する評価は、労働基準法が労働者の健康と生活を確保するために一日の労働時間を八時間に限定し、特別な要件を満たした場合にのみ時間外・休日労働を許容することとした趣旨、時間外・休日労働に関する指針策定の趣旨に添って行なわれるべきである。すなわち、少なくとも週一回の休日保障と一日八時間労働の保障は、業務およびこれに必要不可欠な行動(通勤時間を含む)によって拘束される時間により、睡眠時間にくわえ、業務による緊張を緩和させリラックスして休息する私的な生活時間、充分な入浴や食事のための時間(これらも疲労回復のために必要不可欠な時間である)などを削り取らないようにするため最低保障というべきである。そして、原判決が認定するところによっても、被災者は休日は殆ど出勤し、しかも、徹夜業務こそ一定時期を除いては少なかったものの、右の保障の範囲をはるかに超えて働くことを余儀なくされていたことが認定されているのであり、そうだとすれば、これを「特に過重な業務」と評価しなかった原判決には、重大な経験則違背があるといわざるをえない。
第三に、原判決は、被災者の業務がかなり重いものであったことの一つの理由として、月五、六回の自動車による都外への運転労働の存在を認定した第一審判決を維持しているが、(証拠略)の交通券によれば明白なとおり、死亡直前の三月には、厚着(ママ)六往復、談合坂四往復、横須賀一往復であり、さらに四月一日以降二一日までの間は厚着(ママ)五往復、談合坂二往復、横須賀二往復であり、これを否定する証拠はない。四月は二二日間についてであるから、これをもって月五~六回の都外への運転労働があったなどとすることは、明白な採証法則違背といわざるをえない。
また、被災者の場合、日常の通勤および都内の現場回りにも車を運転していた事実は明白であるが、こうした日常の運転労働が業務の過重性を特段に高めることになるという、前記証拠に基づく医学的経験則をも全く無視している。そして、担当現場数が被災者より少なく、都内の現場を回っていた同僚労働者の走行キロ数が年間三万キロであるという事実に鑑みれば、経験則上、被災者の運転労働による業務負荷は相当過重なものであったと判断され、これに量においても質においても通常の所定業務をはるかに上回る本来業務をあわせ考慮すると、被災者が「特に過重な業務」に従事していたことを否定することは到底できないのである。この点でも、原判決の経験則違背は免れない。
3. 被災者の健康管理の不十分さを認定し、これを業務が相対的に有力な原因とはなっていないことの根拠とした点
原判決は、被災者は入院以降「前記の通院以外は約二年余は何ら診断、治療を受けていない」「飲酒、喫煙の習慣もある」として被災者の健康管理の不十分さを認定する。
しかし、第一に、前者の点については医師に受診していた事実をみとめながら、それ以外に診断・治療をうけていないとするのは理由の不備ないし齟齬があり、さらにそれ以外の診断・治療は、むしろ医療機関側の責任によるものであって、被災者本人を責めるべき事情とはなりえないという点で、重大な経験則違背がある。さらに原判決は、医師に受診する時間があったのだから、定期健康診断を受ける時間はあったはずだと判断し(五丁三行目以降)、そのことをもって健康管理の不十分さを認定するが、工事課長就任後の業務の過重性が、本件発症の有力な原因であったか否かを判断するについて、それ以前に実施された定期健康診断を受診しなかった事実を、これを否定する根拠として慢然とこれを認定することは明らかな理由および理由不備がある。また、定期健康診断を受けていないこと自体、本件発症にどれほどの寄与をもたらしたかといえば、死亡直前に医師に受診している事実に鑑みれば、全く寄与していないものといわざるをえず、この点でも重大な経験則違背がある。
第二に、飲酒・喫煙の習慣であるが、原判決は、被災者の喫煙、飲酒は本件会社の再入社以前からのものであって、その後摂取量に特段の変化がないと認められるから、業務の過重負荷からの逃避行動として生じたものとはいえないと認定する。しかし、被災者は再入社以前も当該会社で就労しており、それ以前も同業他社において電気工事の業務に従事していることは原判決も認定するとおりであって、再入社以前からの習慣であることを理由とすることには重大な理由齟齬がある。また、その後摂取量に特段の変化がないとしている点については、そのような証拠は全くなく、かえって原判決は、飲酒については工事課長就任以前から控えていたと認定しているのであるから、これまた理由に齟齬があるものといわなければならない。むしろ、飲酒については、工事課長としての業務が過重であり、また業務上の必要不可欠な付き合いなどと相まって、全く飲まないというわけにはいかない状態にあったというべきであり、その点では、経験則に違背したものといわなければならない。
第三に、以上よりすれば、被災者の健康管理の不十分さなるものが、いかに根拠のないものであるか明白であるが、かりにそのような事実が指摘できるとしても、それによって、本件発症に業務が関与した事実を覆すに足りる証拠は何もない。原判決は、慢然と右のごとき違法を犯して健康管理の不十分さを結論づけたうえに、さらに何らの理由も示さず、かつ、証拠に基づかずに、本件発症に業務が与えた影響を減殺する根拠として理由不備、採証法則違背の、二重三重の誤りを犯すものである。
以上